『 わらしべ長者 』
昔々、とても貧しい働き者の男がいました。身よりもなく一人ぼっちで、将来に何の希望もありませんでした。そこで長谷の観音にすがろうと、毎日毎日ご本尊の十一面観音にお祈りをしたそうです。
そうしたところ、二十一日目の明け方のこと、夢の中に観音さまが出てきて
『お前には戒めの心がなく、あれこれ申してけしからんが不憫に思う。お前を運の良い方向へ導いてあげるから、今から言うことをよく聞いて守るのじゃ。よいか、寺を出るとお前の手に触れるものがある、決してそれを捨ててはならぬ!よいなっ!』
と言ったといいます。
男は半信半疑ながらも翌日お参りした後に、長谷寺の大門の前でつまづいて倒れてしまいます。
起き上がろうとした時に、手に数本の藁(わら)を握っていました。男は、『これはきっと観音さまが授けてくださった藁に違いない!』と思い、夢で見たことを守ってしっかりと握りしめながら歩いておりました。
すると一匹のアブが顔の前に飛んできました。うるさいので捕まえて先にくくりつけて、アブが『ブンブン』鳴っている藁を持って歩いていると、長谷参りの赤子を背中におぶったおばあさんが通りかかりました。
赤子が泣いていましたので、男はアブが『ブンブン』鳴るわらしべを赤子の方に向けると、ピタリと泣きやみました。わらしべを赤子にやると、顔はうれしさでいっぱいになったといいます。男の親切にうたれたおばあさんは、みかんを三つ男に差し出しました。
というわけで男は、「わらしべ」が「みかん三個」になったと喜び、お礼のみかんを持ってまた歩いておりました。
そうすると若い女が道ばたにかがみ込み、お腹を押さえて苦しんでおりました。お供の従者の老人が、困り果てた表情でその横に立っておりました。
男がたずねると老人は、『突然痛みを感じられて、暑気あたり(今でいう「熱射病})に違いございません。』と言いましたので男は、先ほどのみかんを差出し食べさせたところ、娘はたちまち元気になりました。
娘は元気になると、男に美しい絹の反物を三本手渡し、『このご恩は一生忘れません!』と言いながら、去っていく男に何度も何度も礼の言葉を繰返したと言います。
男が反物を持ってまた歩いていますと、『おい!そこのお前!そこで止まれ!』道ばたに侍が一人立っており、その横に馬が一頭地べたに横になっておりました。侍は男をギョロリとにらんで言いました。
『どうだ、お前の持ち物とわしの馬を交換せぬか?』『でもお侍さま、その馬は死んではおりませんか?』『死んでる?ちょっと疲れて、ただ休んでおるだけじゃ。』
それからその侍は男に近づくと、手を刀に置いて押し殺すような声で言った。『わしは大事な使命を帯びた者、別の馬が必要なのじゃ。
お前の反物なら一頭買える。どうだ、取引するか?取引せぬか?』男は何も言えず立ち尽くしたまま、絹の反物と死んだ馬とを交換させられたのでした。
男は死んだ馬と置き去りにされ、大変惨めな気持ちになり、『いくら観音さまが夢の中でおっしゃったとはいえ、そんなにいいことが続くはずは無い!』と思いましたが
長谷寺に向かって、『馬を生き返らせてください!』と念じたところ、馬はゆっくりと頭をもたげて起き上がったのです。
たいそう喜んだ男はさらに元気になった馬と共に歩いていると、大きな屋敷の前にやって来ました。
その屋敷の下男に、『すみませんが、もしよろしかったら私の馬にやるまぐさをいただけませんか?』『いいとも!でもちょっと待っておくれ!』と言って下男は馬を眺め回した後、屋敷の中へ駆け込んでいきました。
しばらくして屋敷の主人と駆け戻り、主人はその馬を見るなり叫んだ。『何と言う美しい馬じゃ!』『国中を探し回ってもこのような馬、見つかるものではありませんぞ!』
『私に売っていただけませんか!?』『千両では?・・・・・・二千両では?・・・・・・』それを聞いて男は倒れこんでしまいました。
主人はあわてて、『娘や!水を持っておいで、急いでな!』主人の娘が冷たい水を持って駆け込んでくると、床に横たわった男を見て、『あっ!お父さま!この方は私が話していた親切な男の方ですよ!』
運命とは不思議な巡り合わせをもたらすもの。その娘は少し前にみかんをあげたあの娘だったのです。しばらくして意識を取り戻すと、男はふかふかの布団の上に横になっており、目を開けると見覚えのある顔が目に入った。
『あなたは・・・あの時の娘さん!』『さようでございます。そしてこれは父でございます。』
『これは娘です。さて、こうして互いのことがわかったので一つ大事なことを尋ねたいのだが、あなたの馬を頂けまいか。そして娘の婿になり、私の後継ぎになってもらえまいか?』
というわけで観音のお告げのように、そして男が観音さまの言うことを守ったおかげで、男の運勢は素晴らしいものになりました。もちろん男はその後、幸せに暮らしたといいます。
やがて、そのあたりの人はみな、その男を『わらしべ長者』と呼ぶようになった。
そして男も、これもすべて長谷の観音のご利益に違いないと思って、改めて長谷の観音さまに感謝して、前よりいっそう信心したといいます。
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