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      西国第七番札所 東光山 真珠院 竜蓋寺 (とうこうざん しんじゅいん りゅうがいじ) 通称 岡寺

         本  尊 : 二臂如意輪観世音菩薩          真  言 : おん はんどめい しんだまに じんばら うん
         秘  仏 : 自由拝観可能
         開  基 : 義淵僧正(ぎえんそうじょう)          開  創 : 663(天智天皇2)年
         宗  派 : 真言宗豊山派
         御詠歌 : 「けさ見れば つゆ岡寺の 庭の苔 さながら瑠璃の 光なりけり」





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納経帳   カラー御影
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「仁王門」(重要文化財) 岡という集落の寺で『岡寺』
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「本堂」  厄除けの如意輪観世音菩薩が安置
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弘法大師堂                 
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手水舎
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厄除の鐘楼  「合掌一打」 「心静かに願いを込めて」
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龍を池に封じ込め、石で蓋をしたという龍蓋池
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514年ぶりに再建された「三重宝塔」 軒先に琴が復元された
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 ■ 略縁起・歴史・由来

  近くの山に住む龍が村の人々を苦しめているのを見て、義淵僧正は仏法の力で、その龍を池に封じ込め石で蓋をし龍を改心させたという。これが龍蓋寺という名称の由来になったといわれている。
  この寺は「龍蓋寺」という正式名称よりも「岡寺」の名でよく知られており、「 日本最初の厄除け霊場 」である。
  およそ1300年前に義淵僧正が天智天皇から蘇我馬子の邸宅であった岡宮旧跡(おかのみやのきゅうせき)を譲り受け
  御堂を建立したことから生まれた通称の「岡寺」の方が有名になってしまったとされるが
  「 岡という集落の寺 」ということからそう呼ばれるようになった?というのが本当のところのようです。

   「 開祖義淵僧正 」(ぎえんそうじょう)
    白鳳時代から奈良時代にかけて仏教界のリーダーとして活躍した高僧。
    門下生には、大仏建立に力を注いだ行基や興福寺の玄ム(げんぼう)、東大寺の良弁そして道鏡など多くの名僧を世に輩出しました。
    僧正は日本の法相宗の祖といわれているが、その出生は謎である。
    寺伝によると子供に恵まれない夫婦が祈願した末に、家の柴垣の上に白い布にくるまれて置かれていた赤子が義淵僧正だったという。
    両親が観音に祈願して生まれてきたということから、義淵は観音の申し子といわれた。
    この話を聞いた天智天皇は義淵を引き取り、草壁皇子と共に岡宮で育てたとされている。後に、天智天皇は仏教の指導者となっていた義淵に岡宮を与えたという。

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 ■ 境内模様・見所
    4月中旬からはシャクナゲの花約3000株が咲き誇る。他にボタン、シャガ、ツツジ、桜、サツキ、があり、花の寺とも呼ばれる。秋には紅葉も美しい。
    境内には重文の書院の他、開山堂、弘法大師を安置する大師堂、三重宝塔、鐘楼堂、十三重石塔などがある。
    旧寺跡は、隣接する治田神社(はるたじんじゃ)境内と推定され、附近より美しい葡萄唐草紋軒平瓦など白鳳時代の瓦が出土しています。

  ●仁王門 
     軒下には、「阿吽の獅子」。そして「龍」と「虎」が四隅を守ります。
     この門は室町時代に台風で倒れた塔の再建の為に集めた部材を併用して作られており重要文化財に指定されています。
  ●鐘楼 「厄除鐘」
     太平洋戦争で供出されそうになった時に、穴が開けられてしまいましたが音色の美しさは以前と変わりません。
     「合掌一打」 「心静かに願いを込めて」 です。
  ●岡寺本堂 
     大きな御本尊が安置されている御堂だけあってひときわ存在感のある構えです。

  ■御本尊 如意輪観世音菩薩
     内陣に入れば、ご本尊の大きさに驚かされます。土で作られた仏像としては日本最大です。
     弘法大師が仏教伝来の三国(インド、中国、日本)の土をもって造立されたという説が残る。高さは約4m60cmあります。
     右掌をこちらに向け、左の掌は開いたお姿。 
     両足も「結跏趺坐」けっかふざと呼ばれる座禅の時のかたちで密教が伝来する以前の古い形を伝える貴重なお姿とされています。
     お顔はとても穏やかで親しみやすさを伝えます。たとえて言えば悩み事を親身になって聞いてくれる人生の先輩を前にするかのような温もり。
     また、お身体に隠れて少しわかりずらいのですが 光背には飛天が描かれており、大陸直系の貴重な画風として極めて高い価値があるとされています。
     全ての人の厄を祓うという人の事割を超えた力をお持ちなのに、飾らず、気取らず、お参りに来た人を暖かく迎え入れてくれる大観音さまです。
     塑像(そぞうは土でできた仏像)としては日本最大の仏様で、日本三大仏にもあげられており、重要文化財に指定されています。
       ●日本三大仏とは、
          ”銅像”の東大寺 毘盧遮那仏(奈良の大仏)
          ”木像”の長谷寺御本尊 十一面観世音菩薩 
          ”塑像”の岡寺御本尊 如意輪観音菩薩   

  ■御本尊の両脇には、「不動明王さま」と「愛染明王さま」が祀られています。

  ■如意輪観世音菩薩 半跏思惟像(はんかしいぞう) 重要文化財 金銅
     銅造で31.2cmの小さな尊像。弘法大師様が御本尊 塑造 大如意輪観音座像をお造りになられる時にその胎内に納められたと伝わる仏様。
     その昔、春日仏師、稽首勲*が災難にあった時に岡寺にやってきて一?手半(いちじゃくしゅはん)の尊像をお造りになって一心に拝んだ所その災難から逃れられた。
     一?手半とは古来より仏像をはかる尺度の事をいい、現在の単位に直せば31.5cmとなり、この尊像とわずか3ミリの誤差しかなく
     古来より伝わるお姿などからも、その時の尊像はこの如意輪観世音菩薩 半跏思惟像であると言われております。

     またこの『尊像を造り一心に祈り災難から逃れられた』という伝えは、『義淵僧正が悪龍の災難を取り除いた』という岡寺創建の伝説とともに
     現在まで脈々と信仰されている『岡寺やくよけ信仰』の所以の一つであると言われております。

      *稽首勲・・・奈良時代の名仏師 稽文会・稽首勲 親子。
             西国第五番葛井寺の御本尊 千手観音菩薩座像(国宝)や西国第八番長谷寺の御本尊 十一面観世音菩薩(重文)等を手がけた当時の名工。

  ●瑠璃井(るりい)
     岡寺本堂の奥に広がる森の中に、瑠璃井と呼ばれる霊泉があります。弘法大師ゆかりのお水で、厄除け祈願に良いと信仰を集めています。
  ●弥勒の窟(みろくのいわや) 石窟堂
     瑠璃井から更に登ると 奥之院です。神聖な祈りの地であることを静かに語る石仏は弥勒菩薩です。
  ●宝篋印塔(ほうきょういんとう)
     開祖 義淵僧正(ぎえんそうじょう) 御廟  南北朝時代に建てられたもので美しい形が印象的です。 
  ●三重宝塔
     近年建てられ、軒先の琴は、本来の様式に従ったものですが 全国的に見ても復元されている例は他にはありません。
  ●新羅(しらぎ)の影響が色濃い「天人文せん」。もんせんとは、建物を飾るタイルのようなものですが膝立ちの天女がとても優雅です。
   シルクロード交易を通じて広まった「葡萄唐草文様瓦」ブドウ唐草模様のカワラも出土しています。

   岡寺に伝わる宝物の数々は、けっして古い時代の物ばかりではありません。
   それでも調和のとれた美しさを感じるのは、飛鳥時代から続く人々の祈りの心が このお寺を包み込んでいるかのように思います。
   飛鳥の風を今に伝える岡寺。祈る心は、時空を超えて、観音さまの御心に届きます。


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 ■如意輪観音には「臂(腕)」の数によって、二臂、四臂、六臂、十臂、十二臂の像があります。
  経典伝来期の8世紀頃は二臂像が中心で、10世紀以降には六臂像が多いと言われています。
  二臂像は蓮華と宝珠を持ちます。
  六臂像は右膝を立て、左足に右足を乗せた座像で、右の一手を頬にあてた思惟の姿で、如意宝珠、宝輪、蓮華、念珠を持ちます。

 
本尊



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 ■ 交通
    近鉄 橿原神宮前駅
       東口より奈良交通バス「岡寺前」下車、徒歩5〜10分。 「赤い亀のマークの明日香周遊バス」で約30分

  ■ 「開山忌」 (かいざんき)三重宝塔の開帳 扉絵の八方天や党内の壁画の観覧。    毎年10月第3日曜日
     「開運厄除護摩供大般若法要」(かいうんごまくだいはんにゃほうよう)  2月の初午の日(はつうまのひ)

  



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